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千葉地方裁判所 昭和37年(ワ)127号 判決 1964年1月24日

原告 柳川昌儀

右訴訟代理人弁護士 柴田睦夫

被告 根本英二

右訴訟代理人弁護士 半田和朗

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が、被告に対し、昭和三六年七月二三日、被告の所有に係る市原郡市原町山木字南大広四六番地の一の山林六反二畝一歩(以下、甲土地と云う)を、代金五百万円で買受ける旨の申込を為し、同日、被告が、その申込を承諾したこと、及び原告が、即日、金百万円、同年八月二八日までに、残金四百万円の支払を為して、代金全額の支払を完了したことは、当事者間に争のないところである。

二、然るところ、原告は、その主張の理由によつて、右申込と承諾によつて成立したところの売買契約は、原告主張の字能満一、八七一番の九(以下、乙土地と云う)の土地について成立したことになるものである旨を主張し、被告は、前記甲土地について、それが成立したものである旨を主張して居るので、按ずるに、≪証拠省略≫を綜合すると、右売買契約(右申込と承諾とによつて、売買契約が成立したか否かについては、後段に於て判定するが、右当事者間に争のない事実によつて、外観上、意思表示の合致のあつたことが一応認められるので、説明の便宜上(売買契約成立の有無の判定を留保して、以下売買契約の語を使用する)は、訴外銘木啓二、同中台興喜の仲介によつて、締結されるに至つたものであつて、原告は、右契約の締結に先立ち、右仲介人等の案内によつて、右売買の目的たる土地を実地に見分したのであるが、右仲介人等は、前記四六番の一の土地(バス通りに面して居ない土地)(甲土地)に隣接し、且、バス通りに面して居る字能満一、八七一番の九の土地(訴外井原某所有の土地、地積二反六畝一八歩)(乙土地)が右売買の目的たる土地であると信じ(誤信)て居たので、右乙土地を、誤つて、右売買の目的たる土地であると指示した為め、原告は、右バス通りに面した乙土地が右売買の目的たる土地であると信じ(誤信)、之を買受ける意思を以て、右売買契約締結の意思表示を為したものであること、又、右甲土地は、元、訴外地曳某の所有であつて、同訴外人は、訴外並木某にその売却方を依頼し、同訴外人は、その売却の仲介方を訴外中台興喜及び同鈴木啓二に依頼し、被告は、右訴外人等三名の仲介によつて、右甲土地を買受けるに至つたものであること、而して、右訴外並木某は、右訴外地曳某から右売却方の依頼を受けた際、その子息某から、右甲土地たる四六番の一の土地は、バス通りに面した右乙土地であると指示されたので、その様に誤信し、右訴外並木は、右訴外中台及び同鈴木に右依頼を為した際、同訴外人等を案内して、その受けた右指示に基いて、その指示を為した為め、同訴外人等も亦右バス通りに面した右乙土地が即ち右甲土地たる四六番の一の土地であると誤信するに至つたこと、而して、同訴外人等はこの誤信に基いて、被告に、右売買の仲介を為し、その後、更に、原告と被告との間を仲介して、前記売買契約を締結せしめるに至つたものであること、一方、被告は、右土地を買受けるについては、右甲土地附近の模様を大体知つて居たので、右仲介人等の説明を聞いただけで、実地についての見分は之を為さずに買受け、右乙土地も甲土地に含まれて居るものの様に漠然と信じて、之を買受けるに至つたものであること、その為め、被告は、バス通りに面した右乙土地が、独立した一筆の土地で、他人の所有であるなどと言うことは、之を明確に認識して居らず、その結果、原告と前記売買契約を締結するに際しても、その売却する意思を有した土地はあくまでも、右甲土地即ち四六番の一の土地であつて、右乙土地即ち他人所有の一、八七一番の九の土地を売却する意思などは全く之を有しなかつたものであること、従つて、被告が、原告に対して為した意思表示は、あくまでも甲土地即ち四六番の一の土地を売却する旨のそれであつたこと、而して、右の様な事情であつた為め、被告は、原告を案内して実地に見分指示をすることも為さないで、原告の申込に応じたのであるから、その為した承諾は、右甲土地売却方についてのそれであつたこと、更に、原告は、前記売買代金の支払を了した後、実地について、その測量を為す必要が生じたので、公図を検討し、且、右甲土地の以前の所有者であつた訴外高木某に依頼して、実地について、境界の指示を求めたところ、原告が買受の決意を為し、且、被告に対し、その旨の意思表示を為した前記バス通りに面した土地は、乙土地即ち訴外井原某所有の字能満一、八七一番の九の土地であつて、甲土地即ち字南大広四六番の一の土地ではなく、同土地は、右乙地とは別個の土地であつて、バス通りに面して居ないものであることが明かとなつたことが認められ、(以上の認定を動かす証拠はない)、以上の認定の事実によつて、之を観ると、前記売買契約を締結するについての原告の真意は、前記乙土地を買受けるにあつて、その意思表示も亦之に基いて為され、(但し、その地番は、錯誤によつて甲土地の地番を以て為された)、又、それについての被告の真意は、前記甲土地を売却するにあつて、その意思表示も亦之に基いて為されたものである(原告の表示した地番が右甲土地の地番であつたので、原告の申込は、右甲土地についてのそれであると信じて、それを承諾する旨を表示したもの)と認め得るので、双方の意思表示は、その地番については、その合致があつたと云い得るのであるが、その目的たる土地自体は互に之を異にして居たものであると云う外はなく、而して、売買契約の締結に際し、双方がその目的を異にする場合に於ては、意思表示はその合致を欠くことになると解されるので、原、被告の為した前記各意思表示は、その合致を欠いて居たものであると認めるのが相当であると云うべく、従つて、原、被告の為した右各意思表示によつては、右甲土地についても、又、右乙土地についても、売買契約は、成立するに至つて居なかつたものであると判定せざるを得ないものである。従つて、右乙土地について、売買契約が成立したことになる旨の原告の主張、及び右甲土地について、売買契約が成立した旨の被告の主張は、共に、理由がないことに帰着する。

三、尤も、双方の使用した土地の符合(地番)が一致して居る為め、外観上、前記甲土地について、双方の意思表示の合致があつた様に見え、(この為め、被告は、甲土地について、売買契約が成立した旨を主張して居るものと思料される)、而も、前記認定の事実によると、原告は、錯誤によつて、甲土地の符合を乙土地のそれであると誤信し、之を使用して、その意思表示を為し、又、被告は、右両土地が別個の独立した土地であることの認識を欠き、乙土地が甲土地に含まれて居ると云う漠然たる認識の下に、甲土地の符合を使用して、その意思表示を為し、その結果、右の通り、外観上、右甲土地について、意思表示の合致があつた様に見えるに至つたことが認められるので、一般的な観点からすれば、寧ろ、右甲土地について、売買契約が成立したことを認め、それが錯誤に基くものであることを理由として、無効であると判定すべきことになるかも知れないのであるが、取引界の実際を観ると、特定物たる土地、建物の取引に於ては、符合による取引はまれであつて、通常は、実地に見分を為した上、具体的に指示特定を為し、以て、その取引を為すのが実情であると認められ、又、土地の符合は、登記その他の公法上の諸関係を処理する必要上、使用されるに過ぎないものであつて、取引上は、全く、従たる地位を有するに止まるものであると認められ、従つて、それは、取引の実体を為すところの取引の目的物を表示する効力は之を有しないものであると云い得るから、土地の符号によつて、外観上、意思表示の合致があつたと云うだけでは、未だ、取引の実体についての意思表示の合致があつたものと為すに足らないものであると解するのが相当であると云うべく、従つて、右の様に、土地の符合が一致したことによつて、外観上、意思表示の合致があつた様に見えると云うだけでは、未だ、取引の実体についての意思表示の合致があつたと云うことは出来ないものであると云はざるを得ないものである。

(尚、証拠調の結果によると、被告主張の頃に、原、被告間に於て、互に、その受領した金員及び書類を相手方に返還する旨の合意の成立したことが認められるのであるが、それは、甲土地についての売買契約が成立したことの承認若くは無効行為の追認と云う様な趣旨を包含して居ないものであることが明かであるから、後に於て、右の様な合意が成立したことは、以上の判定を為すについての妨げとはならないものである)。

四、然る以上、右乙土地について、売買契約が成立したことになることを前提として為された原告の本訴請求が失当であることは多言を要しないところである。

五、仍て、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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